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昨日は雨が降っていた。

灰色の空がどんよりというより、どこか街全体をカモフラージュしているような、そんな感じがした。

傘をさして目的地までいく。なんとなく口ずさんでいたコルトレーンのBlue Train。海の循環。

タコが出産後衰退する中で大きな生物がその体を食いばみ、その残滓を小さな生物が食べる。そういった循環は音楽、思想、絵画表現全てにおいて、似ている。

一個人の思考体験から生じる「純度」の高い体系から、それらの養分に群がる小さな生物。それらが一概に悪い、という考えは勿論ない。

が、ただそこにセンス(ある種の倫理や美的観念)がないものに自分は惹かれない。

それが萌芽し色づくために、思考の暗室を拠点に据える。その微視的な観測を自身に保つことによって、純度は生成されていく。

芸術、哲学思想の分野にそれらは見えないカタチで存在し、見えるカタチで言葉が存在する。

見えるカタチが暗室で濾過し生長し、腐敗していく。それらの見えないカタチを自分は舞踏という言葉に変換している。