西洋哲学という川の源流はプラトンともう一つは、キリスト教であると東浩紀さんが書いていた。サルトルやデリダに数々の挫折をした自分にとってプラトンは、ちょうど良い再出発地点となるかもしれない。

珍しくきれいな青天を見せた東京の空だった。日曜日とあってか街は穏やかなムードがあった。古本屋でプラトン、キェルケゴール、レイモンド・チャンドラーを買った。いつもの喫茶へ行って取り留めのない話をし、買ってきた本を読んだ。ジャズとミニマルは読書の導入剤に近い効果をもたらしてくれるように思う。

一つの本に集中出来ないたちで一年の間ずっと並読が5、6冊溜まっていて、気分によって色々読む本が変わる。最近は場所ごとに読む本を変えている。トイレはエッセイ、自宅は小説、喫茶は哲学というように。本を読んでいると静かな世界が心地よくなる。それは物質性ではなくて、ラピュタ的な意識空間に入りやすい、という意味で。

あるいは幼少からあるラピュタという土地を開墾しているような、そういった類かもしれない。